日本語要旨

ナノモルスケール硫酸態硫黄同位体分析法の開発:イオンクロマトグラフィー分取と微量沈殿法を組み合わせた高感度測定

海洋や地質試料に硫酸塩として含まれる硫酸態硫黄、とくに炭酸塩置換態硫酸塩(CAS)の硫黄同位体比(δ34S)は、地球表層における硫黄循環の復元に重要な指標である。しかし、海水中の硫酸態硫黄のδ34S情報を最もよく反映するとされる有孔虫殻CASは含有量が極めて少なく、従来の元素分析計/同位体質量分析システム(EA/IRMS)では試料量が不足するという課題があった。本研究では、既報の弱酸性樹脂によるCAS溶解法(RACE, Kochi et al., 2024)に、イオンクロマトグラフィー分取(IC-FC)による硫酸イオン単離と、スズカプセル内で行うナノモルレベルの微量沈殿法(nano-BP)を組み合わせ、nano-EA/IRMSによる高感度分析法を構築した。新たな分析法では、RACEで溶出した硫酸イオンをIC-FCで他成分から分離し、微量沈殿法で塩化バリウム(BaCl2)と反応させて硫酸バリウム(BaSO4)として定量的に回収した。濾過を伴わない沈殿操作により試料損失を最小限に抑えた。硫黄量5〜125 nmolの範囲で測定を行い、5〜10 nmolでも良好な再現性(標準偏差±0.2〜1.0‰)を得た。硫酸試薬および海水標準を用いた検証では、イオンクロマトグラフィーと微量沈殿法を組み合わせたIC-BP法が従来の沈殿濾過法と整合的な結果を示し、マトリクス成分の影響を受けにくいことを確認した。さらに、西部赤道太平洋の堆積物中に含まれる有孔虫殻CASを分析し、層位および粒径分画間で約4‰のδ34S差を明瞭に検出した。地質標準炭酸塩試料(サンゴ、石灰岩、苦灰岩)にも適用し、鉱物起源の違いに由来するδ34S差を識別した。本手法は、堆積物CASのみならず、湖水、降水、氷床、エアロゾルなど微量硫黄を含む多様な環境試料や、惑星物質にも応用でき、微小スケールでの硫黄同位体研究に新たな展開をもたらす。