日本語要旨

メタンと水素に支えられた地下生命圏において物質循環が微生物生態に及ぼす影響:北アメリカとユーラシアプレート境界に位置する諏訪盆地とその水文地質学的要因

 地下生命圏は、主に未培養微生物によって構成されるため原位置での代謝活動や物質循環への影響、地質学的要因を伴う相互作用は未解明な部分が多い。本研究では、プレート境界(北アメリカプレート、ユーラシアプレート)に位置する諏訪盆地に着目し、断層活動や熱源を伴った複雑な水理地質構造が、地下微生物生態系の分布や多様性に及ぼす影響を調査した。
 諏訪盆地は基盤岩と有機物に富んだ堆積層から構成される。先行研究では地下深部由来の活発なメタン湧出が報告されており(Urai et al., 2022)、メタンに依存した地下微生物生態系の存在が示唆されていた。本研究で対象とした試料は、堆積層由来の地下水(深度10 – 100 m)、基盤岩由来の温泉水(最大深度 1000 m)であり、微生物学・地球化学的分析法を用いて多角的に検証した。
 地下水に含有されるメタンを対象とした炭素・水素安定同位体比分析により、その起源が微生物(メタン生成アーキア)であることが示された。一方、堆積層由来の地下水中にはメタン生成アーキアがほとんど検出されず、好気的メタン酸化バクテリアが優占した。この結果は、堆積層の深部領域にメタン生成アーキアの生息場が存在することを示唆する。
 基盤岩を貫入する温泉水中には、水素を酸化する超好熱性のバクテリアとアーキアが卓越した。この結果は、温泉水付随ガス中に水素が含まれていたことと整合的である。この水素の安定同位体比は断層活動起源を示唆しており、プレート境界という諏訪盆地の特異な地質学的セッティングと水素依存型の地下生命圏が密接に関連していると考えられる。
 地下水に含まれる溶存無機炭素の放射性炭素分析により、盆地周囲の山間部から若く酸化的な山体地下水が盆地の堆積層に流入していることが判明した。さらに微量元素分析の結果から、天水の一部は基盤岩まで浸透し、熱源と反応して熱水となり、浅層に循環するという水文地質学的機構を明らかとなった。本研究により、深部起源の水素の流入は、メタン生成アーキアの代謝活動を支え、最終的には浅部地下圏での好気的メタン酸化バクテリアの生育を支えている全体像と水素および炭素の鉛直的なダイナミクスが見出された。