日本語要旨

衝突クレーター分布の非一様性から示唆されるフォボスの表面更新と公転様式の共進化

潮汐固定を受けた衛星の表層進化における経度方向の非一様性は、惑星-衛星系の進化史理解に向けて研究されてきた。特に、クレーターサイズ頻度分布(CSFD)に見られる傾きの変化である「キンク」は、天体表層におけるクレーター消去などの表面更新を反映する重要な指標である。しかし、フォボスのCSFDに見られるキンクは注目されてこなかった。そこで本研究では、フォボスのCSFDに見られるキンクをもとに経度方向の非一様性を明らかにし、フォボスの表面更新と公転様式の共進化の理解を目指す。
本研究では、フォボスの4つの調査領域においてクレーターカウントを行い、CSFDを得た。それぞれのCSFDについてクレーター生成関数のフィッティングを行い、クレーター数密度とキンクが生じるクレーターの直径を推定した。キンク直径からは、調査領域に堆積したレゴリス層の厚みを見積もった。その結果、クレーター数密度並びにレゴリス層の厚みは、火星側で最小であることが分かった。次に、レゴリス層の厚みと、仮定したレゴリスの堆積領域の面積から、レゴリス層の総体積を推定した。その結果、レゴリス層の総体積は、フォボス最大のクレーターであるスティックニー(直径約9 km)形成時に放出されたレゴリスの推定体積とよく一致することが分かった。したがって、フォボスを覆うレゴリス層はスティックニー形成時の放出物堆積層であると考えられる。ここから、スティックニー形成前後の時代区分がクレーターサイズの違いに反映されていると解釈できる。
本研究から示唆される、スティックニー形成後のフォボスの表面更新と公転様式の共進化シナリオを整理する。まずスティックニーが形成され、フォボスのスピンが開始される。スティックニー形成時の放出物はスピン中のフォボスの全球に降着した。そしてフォボスは現在の向きで潮汐固定された。それ以降のフォボスは火星公転半径が小さく、フォボスの火星側の領域は隕石衝突に対して火星の影に入ったことにより、クレーター形成が減少したことが考えられる。