日本語要旨

若い(約5Ma未満の)造山帯の発達に対する低温熱年代学の適用性:日本列島の事例

低温熱年代学(フィッション・トラック(FT)法および(U-Th-Sm)/He年代測定法を含む)は、106~108年の時間スケールにわたる造山帯の削剥履歴を制約する手法として広く用いられてきた。本研究では、地質学的に最近の時代、例えば、鮮新世および第四紀に隆起した日本列島のような若い造山帯に対して、低温熱年代学の適用可能性を評価するために、単純な数値モデルを用いた。このような若い造山帯は、その年代が主要な低温熱年代法が適用可能な年代範囲の下限に位置しており、また、主要な低温熱年代法で検出可能な約2~3 km以上の削剥を受けるために必要な隆起開始からの最小期間とも一致するため、低温熱年代学の適用に際しては制約が大きいためである。本研究では、隆起速度、隆起開始時期、モデルの開始時期(すなわち岩石の形成年代)を変化させ、いくつかの温度-時間パスを生成した。これらのパスに基づき、アパタイトおよびジルコンのFT法ならびに(U-Th-Sm)/He法について、冷却年代のモデル値を計算した。計算には、地表面の標高が時間変化しないモデルと、標高が増加するモデルの2種類を用いた。モデル計算の結果は、隆起速度、隆起開始時期、岩石の形成年代、および冷却年代と形成年代の比との関係を示すルックアップテーブルとして整理した。その結果、岩石の形成年代や地表面の標高の変化は、冷却年代に与える影響が限定的であることが示された。モデル年代は、隆起速度や隆起開始時期が良く制約されているいくつかの山地地域の実測値と概ね一致し、本手法の信頼性を裏付けている。したがって、本研究で得られた冷却年代と隆起速度の関係は、複雑な数値シミュレーションを用いずとも、山地の隆起速度を大まかに分類する実用的な手段となる。さらに、本研究で得られた両者の関係を、既報の冷却年代データにも適用し、過去数百万年間にわたる日本列島における隆起速度の空間的分布を可視化した。これらの成果は、日本列島のみならず、過去数百万年の間に隆起が始まった世界中の若い変動帯における低温熱年代学的研究にとって、ベンチマークとして有用な知見を提供する。