日本語要旨

東部インド洋および西部北太平洋のヘム分布に基づく鉄の生物地球化学的解析

ヘムBは、鉄を中心に配位したテトラピロール化合物である。生命活動に不可欠な数々の生化学反応を触媒する補因子であることから、ヘムBはほぼ全ての生物の主要な鉄成分となっている。環境中のヘムBの分布は、生物由来の鉄の分布を反映する。本研究では、東インド洋および西部北太平洋の有光層で採取した懸濁粒子中のヘムB濃度を定量することで、微生物に由来する鉄の分布を明らかにし、各海域の鉄循環を生物地球化学的に解析した。東部インド洋では、粒子態ヘムB濃度を粒子態有機炭素(POC)濃度で規格化したheme B/POCが、ベンガル湾において特異的に高い値を示した。風成塵、河川水、沿岸堆積物由来の鉄が豊富に供給されるベンガル湾では、微生物群集による鉄の取り込み量の増加に伴い鉄ストレスが緩和され、炭素固定量に対するヘムB合成量が増加したと考えられる。一方で、亜熱帯ジャイヤにあたる南インド洋のheme B/POCは低く、鉄律速の可能性が示唆された。西部北太平洋の亜寒帯域から亜熱帯域においても、heme B/POCは南インド洋と同程度の低い値を示した。これらの海域では、光量や硝酸濃度が微生物細胞中のヘムB濃度に影響を与えている可能性が示唆された。最後に、本研究で得られた粒子態ヘムB濃度に基づいて、海洋表層における微生物細胞中の鉄プールサイズを全球規模で推定した。リザバーサイズは約1-3 Gmol Feと計算され、先行研究のモデルシミュレーションと整合的な推定値であった。このように、ヘムBは鉄の生物地球化学に関する新規的な知見を提供する指標であり、海洋における鉄と炭素の循環の関連性を解明する上で重要な役割を果たすことが期待される。