コラーゲン中のアミノ酸の窒素同位体比の顕著な上昇:海洋生物の飢餓実験からの知見
- Keywords:
- Compound-specific isotope analysis, Collagen, Starvation, Nitrogen, Isotopic fractionation, Trophic position, Food webs
アミノ酸の安定窒素同位体比(δ15NAA値)は、食物連鎖網における生物の栄養段階を高精度で算出するために利用されている。栄養段階の算出には、消費者がアミノ酸を分解する際の「脱アミノ化」により観測されるδ15NAA値の2つ上昇パターンが用いられている:「δ15NAA値の上昇が大きいtrophic amino acids(例:グルタミン酸で8.0‰)」と「δ15NAA値の上昇が小さいsource amino acids(例:フェニルアラニンで0.4‰)」である。しかし、天然試料が持つδ15NAA値には、脱アミノ化だけでは説明できない多様なδ15NAA値の上昇パターンがあり、それを説明する要素として「飢餓に伴う特定のタンパク質の加水分解」が、一つの可能性として考えられていた。本研究では、魚類と腹足類が飢餓状態におかれた際に、「筋肉組織」と「コラーゲン」の間に「δ15NAA値の上昇パターンの違い」が観察されることを発見した。45日間の飢餓実験を通して、魚類(Girella punctata)と腹足類(Turbo sazae)はそれぞれ86%、50%のコラーゲンを失った。また、筋肉繊維のδ15NAA値の変化量は小さかったが、コラーゲンのδ15NAA値は徐々に上昇する傾向が発見された(例:グルタミン酸で11‰、フェニルアラニンで3‰)。そしてこの傾向はレイリー分別モデルで説明できることがわかった。これは、飢餓状態ではコラーゲン分解酵素が、コラーゲン中のアミノ酸と非選択的,かつ非定量的に反応して加水分解するため、従来の捕食-被食関係とは異なるδ15NAA値の上昇パターンになると説明できる。一方、筋肉繊維においては、シャペロン介在性オートファジー過程によって筋肉繊維の分解が定量的に起こるため、δ15NAA値の上昇を確認できないと説明できる。従って,コラーゲンと筋肉繊維のδ15NAA値の差は、生物が飢餓ストレスをどの程度受けているかを評価するために利用できると考えられる。一方、本研究で得られた知見を、コラーゲンが多量に含まれている海洋生物(例:ゼラチン状動物プランクトンなど)が豊富な海洋生態系に対して応用する際は、生態系へのコラーゲン供給量が大きく異なるため、コラーゲンのδ15NAA値の変化についてのさらなる研究が必要になると予想される。