日本語要旨

岡山県と鳥取県の温泉水のリチウム・ストロンチウムの同位体地球化学:スラブ起源流体の検出への示唆

中央海嶺で形成された海洋プレートは、海嶺から離れるにつれて冷却の影響でプレートが厚くなり、最終的には海溝のような沈み込み帯で地球内部に沈み込む。沈み込むプレートの多くは、東北日本で沈み込む太平洋プレートのように年代が古く、冷却が進んだものである。一方、西南日本で沈み込むフィリピン海プレートは太平洋プレートよりも年代が若く、熱いプレートである。このような沈み込むプレートの温度の違いは、火山や地震の発生機構だけでなく、スラブ起源流体の脱水様式など様々な系統的な違いをもたらす。特に、東北日本と西南日本とでは、海溝から火山前線までの前弧地域におけるスラブ脱水様式に大きな違いがある。冷却があまり進んでいないフィリピン海プレートが沈み込む西南日本では、東北日本よりも前弧地域でのスラブ脱水が進行していることが予測される。実際に、西南日本の前弧地域では、有馬型深部流体に分類される温泉が湧出しており、水素・酸素同位体比やヘリウム同位体比の分析から、それらの温泉がスラブ脱水に起源を持つと指摘されている。有馬型深部流体がスラブ脱水に起源を持つのであれば、前弧地域のより多くの地点で有馬型深部流体が確認できても良いはずである。しかし、有馬型深部流体は、有馬温泉や宝塚温泉といった大断層付近の限られた温泉でしか確認されていない。この理由は、有馬型深部流体の指標として利用されている水の水素・酸素同位体比の組成が地表水の混合によって容易に変化してしまうためだと考えられる。

本研究では、地表水の混合の影響を受けにくく、かつ地表水と深部流体で異なる値を取るリチウム同位体を指標として、断層があまり見られない岡山県の温泉水から有馬型深部流体成分を検出することを試みた。その結果、大断層が存在しない岡山県でも有馬型深部流体に類似したリチウムとストロンチウムの同位体組成を持つ温泉水が分布することを明らかにした。本研究から得られた結果は、西南日本の前弧地域で、有馬型深部流体がこれまでの報告よりも多くの地点で湧出している可能性を示唆している。