日本語要旨

鳥類の水晶体による生活史初期の時系列同位体情報の復元

生活史初期の環境は、後の生活史に長期的な影響を与えるため、特に追跡の困難な野生動物において復元手法の開発が求められている。水晶体を用いた時系列同位体分析は、主に魚類において経験環境を復元する手法として近年用いられているが、他の動物への適用は未解決である。本研究では、鳥類に適用を広げるために、新たな解剖手法を発展させ、ウズラ(Coturnix japonica)の給餌試験に基づいて、生活史初期の時系列同位体情報の復元の実現可能性を評価するとともに、水晶体上の位置と日齢の対応関係を予測するためのモデルを構築した。

孵化したウズラ全個体に10日齢までC3飼料(C3植物由来、δ13Cが低くδ15Nが高い)を与えた。その後、対照群にはC3飼料の給餌を続け、実験群は10日(T10)、15日(T15)、20日(T20)、40日(T40)齢でC4飼料(C4植物由来、δ13Cが高くδ15Nが低い)に切り替えた。すべての個体は17~200日間飼育され、最終的に水晶体と初列風切(P1)のδ13Cとδ15Nを複数の時系列で測定した。

対照群のδ13C値とδ15N値は、水晶体の中心(古い組織)から外側(新しい組織)へ順次下降後、ほぼ一定の値に収束し、C3餌のみの採餌を反映していた。実験群の水晶体の同位体比は、同様に水晶体の中心から外側へ下降後、δ13C値は上昇、δ15N値は下降し、C4餌への切り替えを反映していた。一方、羽の同位体比を比較した結果、δ13Cとδ15Nの両方で水晶体より短期間の情報が確認された。羽は一度形成されると、代謝されることなく次の換羽まで羽形成時の同位体情報を閉じ込めることができる。しかし小型のウズラの羽が形成時に蓄積できる情報は短く、さらに、120日齢以上の個体は、換羽によって、生活史初期の情報が失われていた。そのようにして、水晶体は羽よりも長期の同位体情報を長期間保存していることが示された。

本研究から、鳥類の水晶体に生活史初期の時系列同位体情報が保存されていることが初めて示唆された。水晶体の中心部の高いδ13C値は、親に給餌されていたC4飼料を反映しており、また、同様の高いδ15N値は、母親、卵、ヒナの間での生物濃縮が反映していると考えられ、孵化前の同位体情報も保持されていることが示された。