相模湾中央部に集積する多様な有機物源に支えられた深海生態系:アミノ酸窒素同位体比分析による解析
- Keywords:
- Deep-sea ecosystem, Food source, Phytodetritus, Trophic position, Benthos
本研究では、複雑な有機物源を持つ相模湾の漸深海帯生態系の有機物源を、炭素窒素安定同位体比とアミノ酸の化合物レベル窒素同位体分析から明らかにした。
海洋表層で植物プランクトンが光合成により生産した有機物のうち、およそ1%以下が無機化を免れて深海底にまで到達し深海生態系の重要な有機物源となる。深海平原の底層生態系では、有機物の輸送経路は、この鉛直方向に供給される沈降有機物にほぼ限られる。一方、本研究の対象海域である相模湾は大陸縁辺部に位置し、地形的にも周囲の大陸斜面からの有機物の再懸濁による供給が顕著である。筆者らの過去の炭素窒素安定同位体比による食物網構造解析では、多様な炭素窒素同位体比を持つ有機物源が相模湾中央部に混在し、食物網構造の詳細な解析は困難であった。
本研究では、相模湾中央部水深約1430mにおいて採取したブンブクウニ、クモヒトデなどのメガベントス、ゴカイ、ヨコエビなどのマクロベントス、線虫、カイアシ類、有孔虫などのメイオベントスと、水深別に採水、濾過した粒子態有機物についてアミノ酸の化合物レベル窒素同位体分析を行った。
一次生産者の情報を反映するフェニルアラニンの窒素同位体比は、−8.3‰から21.1‰と約30‰の大きなばらつきを見せた。相模湾の岩礁地生態系(3‰から9‰)や東北沖漸深海帯の深海生態系(-4‰から6‰)と比較しても、ばらつきの大きさがわかる。また、採水試料の粒子態有機物(3. 8‰から6.8‰)と比べても窒素同位体比が大きく異なり、水柱を経由して供給される有機物以外に多様な有機物源があることを示す。相模湾における既往研究では、海洋表層に生息する魚類は最大で約21‰と高い窒素同位体比を、冷湧水生態系に生息するシロウリガイやシンカイヒバリガイは-15‰と低い窒素同位体比を持つことから、相模湾中央部の深海生態系はこれらの多様な有機物を利用していることが示唆される。細胞全体の炭素同位体比とフェニルアラニンの窒素同位体比をプロットすると、多細胞メイオベントス、有孔虫、マクロ―メガベントスはそれぞれ異なる有機物源に依存していることがわかり、これらは同所的に分布するものの複雑な食物網構造を持つことが明らかとなった。