日本語要旨

最終氷期から間氷期にかけての西フィリピン海の底層水循環強度の復元

大気二酸化炭素濃度は氷期において、間氷期よりも約80ppm低かった。陸上の生物圏に蓄えられる炭素は、氷期の方が間氷期よりも少なかったので、氷期に減少した二酸化炭素は海洋に蓄えられたと考えられる。最終氷期には、栄養塩に乏しくベンチレーションの良い氷期北太平洋中層水が水深2000mまで達していたとされ、低温で高塩分、すなわち高密度で栄養塩に富むベンチレーションの悪い深層水と強い成層構造を持って存在し、この深層水に二酸化炭素が蓄えられたとされる。中深層水循環の変化で深層水が湧昇すると、二酸化炭素が大気に戻るので、地球規模の中深層水循環は、海洋と大気の両方における長期的な炭素貯留の調整に重要な役割を果たしている。一方、最終退氷期の北太平洋の高緯度域では一時的に深層水形成が起こり、北太平洋西岸沿いに南下したとされる。このように北西太平洋の中深層循環は最終氷期から最終退氷期にかけて複雑に変化したが、西太平洋亜熱帯域において循環の様相に関するデータは限られていた。そこで、石垣島の南から採取された海底堆積物コア中に共存して産する浮遊性有孔虫と底生有孔虫の放射性炭素年代を測定することにより、最終氷期最盛期以降の西太平洋亜熱帯域の深層水循環を復元した。その結果、ハインリッヒ・イベント1(HE1)とヤンガー・ドリアス(YD)期を含む最終氷期から完新世にかけて、大西洋と太平洋で深層水循環強度が相反することが明らかとなった。これは、深層循環がシーソーのように振動していたことを支持する。さらに、HE1とYDでみられた循環の強化は、より冷涼な気候条件下の北太平洋の高緯度で形成された深層水の寄与を示唆し、深層水が西太平洋亜熱帯域まで影響を与えていたこと示した。この結果は、大西洋と太平洋間の深層水循環の相互作用についての理解を深め、最終退氷期の大気中の二酸化炭素変動における北太平洋深層水の役割について新たな知見を与えるものである。