放射性炭素および安定同位体比を用いた冷湧水化学合成生物群集の炭素・窒素源推定
- Keywords:
- Nutrition, Stable carbon and nitrogen isotope ratios, Hydrocarbon seep, Chemosynthetic community, Chemosynthesis, Radiocarbon
本論文は、化学合成生態系の大型生物が栄養を依存している共生細菌が、湧水や底層水中の無機炭素・窒素源をそれぞれどの程度利用しているのかについて、放射性炭素(14C)および炭素・窒素安定同位体比を用いて定量的に議論したものである。
プレート沈み込み帯周辺では、メタンなどの炭化水素や硫化水素を含む冷水が湧出し、メタン酸化細菌や硫黄酸化細菌を共生させる大型生物などからなる冷湧水化学合成生物群集が形成される。化学合成生態系の発見以来、それら独立栄養微生物のエネルギー源については多くの研究が行われてきたが、化学合成に用いられる炭素や窒素が湧水や底層水からどの程度供給されているのかについては知見が少なかった。そこで本研究では、日本周辺の4か所(日本海溝、南海トラフユキエ海嶺、第三天竜海底谷、黒島海丘)の深海冷湧水域から採取したシロウリガイ類、ナギナタシロウリガイに寄生するカイコウヤドリゴカイ、サガミハオリムシの14C濃度および安定炭素・窒素同位体比を測定し、炭素・窒素源を推定した。冷湧水の無機炭素には14Cがほぼ含まれないのに対し、底層水の無機炭素は、水塊により多少異なるものの一定濃度の14Cを含むことから、それらを用いて合成された有機物の14C濃度からその供給源を推定できる。
シロウリガイ類は底層水の14C濃度よりも0-70‰ほど低い14C濃度を示し、種やサイトによって異なるものの、シロウリガイ類バイオマスの最大9%が湧水に含まれる無機炭素に由来することを示した。また、サガミハオリムシのバイオマスは最大40%が冷湧水に含まれる無機炭素由来の炭素から構成されていた。窒素同位体比からは、シロウリガイ類は底層水に含まれる無機窒素だけではなく、湧水に含まれるアンモニウムイオンも窒素源として利用していることを示唆するが示唆された。本研究により、化学合成生態系を構成する生物の放射性炭素濃度は、底層水由来の無機炭素、湧水由来の無機炭素、光合成由来の有機炭素を明瞭に区別することが可能であり、化学合成生態系を構成する生物の生理・生態やそこでの物質循環について新たな知見をもたらすことが示された。