日本語要旨

細胞成分の窒素同位体比の制御

本稿は,細胞を構成する多様な窒素化合物の窒素安定同位体比(15N/14N)を一般化する試みである。細胞内の窒素は20種類のタンパク質性アミノ酸,核酸塩基,ヘム,クロロフィルなどとして存在し,その組成は生物間できわめて類似している。特にアミノ酸のアミノ基を起源とする窒素は細胞内窒素の95%あまりを占め,それらの窒素同位体比は主に,アミノ基のプロトン化―脱プロトン化の平衡,アミノ基転移反応,酸化的脱アミノ反応によって変化する。しかし細胞内の環境やアミノ酸代謝が自律的に強く制御されているため,そのアミノ酸の同位体比はきわめて秩序だったものとなっている。細胞を,インプットとアウトプットの均衡を保つ生理学的に単純な自律システムと仮定すれば,15Nは一定の規則性を持って各細胞内化合物に分配され,その結果化合物間の窒素同位体比に一定の関係性が生じることは理論的にも予測される。実際に,この理論的予測は先行研究よって裏付けられてきた。細胞を構成する化合物iの窒素同位体比を予測する式は,

δ15Ni = δ15Nplant + Δi (TP − 1) + γi

である。ここで,TPは栄養段階を表し,Δiγiはそれぞれ化合物iの各栄養段階における15N濃縮係数と細胞内15N分布を表している。またδ15Nplantは,生態系の基礎をなす植物(栄養段階1の生物)の窒素同位体比である。本稿にまとめたΔiγiの数値を用いることにより,自然界に分布する窒素化合物の同位体比を予測することができる。その予測値からは,生物圏を循環する窒素の同位体比が推定可能になり,また各種生物の食性を知ることができる。