日本語要旨

2018年北海道胆振東部地震前の地下水の地球化学的変動―大地震の準備段階における地殻流体の挙動に関する新知見―

大地震前の地下の流体の動きを明らかにすることは,数ヶ月から数年といった中長期での大地震の発生予測に実現に向けての大きな1歩となると期待される。Sano et al. (2020)は,2018年の北海道胆振東部地震(M6.7)の数ヶ月前から震源付近の地下水の炭素の同位体比や溶存無機炭素濃度が変化したことを見出し,帯水層にCO2が流入していた可能性を指摘した。地下のような高圧下ではCO2は流体として振る舞うが,その挙動はH2O以上に不明である。本研究では帯水層へのCO2流入の際のH2Oの関与を調べるために,地下でH2Oと共に動きやすい元素の濃度比やLiとSrの同位体比を調べた。その結果,震源から西に約20kmの植苗で採取された地下水のNa/K比が,地震の数ヶ月前から低下していたことが明らかとなった(図1)。一方、Na/K比を除き,地下でH2Oと共に動きやすい元素の比や7Li/6Li比や87Sr/86Sr比には地震の前後で明確な変化は見出せなかった。これは,Sano et al. (2020)が指摘した2018年の北海道胆振東部地震の数ヶ月前から始まった帯水層へのCO2流入に際して,H2Oの関与はなかったことを示す。なお,植苗から約15km離れた苫小牧市では2016年4月から2019年11月にかけて二酸化炭素回収・貯留(CCS)の大規模実証実験が行われており,植苗の地下水で観測された炭素同位体比の変化がCCS由来の炭素の増加を示していたことから,地震前に帯水層に流入したCO2はCCS由来である可能性が指摘されていた(図2)。2004年にルーマニアで発生したM6.0の地震前にも地下水のNa/K比の低下と溶存炭素濃度の増加が報告されていることから(Mitrofan et al., 2008),帯水層へのCO2流入は大地震の前にはよくある現象の可能性がある。