日本語要旨

スティショバイトと含水相δ間の水素分配:下部マントルの水循環と分布との関係

水は沈み込むプレートによってマントル深部に運ばれ、マントルのダイナミクスや進化に影響を与えている。沈み込むプレート中の水は、主に鉱物の結晶構造中に貯蔵される。近年、ダイヤモンド包有物として含水リングウッダイトやいくつかの含水鉱物が天然で発見され、水は少なくともマントル遷移層までの深さへ運ばれていると考えられている。一方で、下部マントルの水の循環と分布については、未だ不明瞭である。AlOOHを主成分とする含水鉱物であるδ相は、下部マントルにおける主要な水貯蔵鉱物と考えられてきた。また、SiO2スティショバイトは数重量パーセントの水を収容できることが報告され、下部マントルにおけるもう一つの重要な水の運び手であることが提案されている。どちらの鉱物が水の主な運び手となるかを理解するためには、これら鉱物間の水素分配を決定する必要がある。本研究では、川井型マルチアンビル高圧発生装置を用いた高圧実験により、下部マントル最上部条件(24-28万気圧、1000-1200℃)におけるスティショバイトと含水相δ間の水素分配実験を行った。水素分配は、フーリエ変換赤外分光法により回収試料の含水量から決定した。その結果、含水相δと共存するスティショバイトの含水量は約500 ppm程度であることがわかった。このことは、共存する含水相δに水素が強く分配することを示しており、含水相δが冷たい沈み込むスラブ中における主な水の運び手であることが明らかとなった。含水相δが熱的に不安定になると、我々の先行研究より、SiO2とAlOOHの化学反応によってシリカ鉱物中のAlOOH量が増加し、スティショバイトやCaCl2型相のようなアルミナ含有シリカ鉱物が下部マントルの主要な水の運び手となる。深さ1900 km付近で観測される小規模な地震波散乱体の存在は、沈み込んだプレートを構成する無水玄武岩層中のほぼ純粋なSiO2スティショバイトからCaCl2型相への相転移によるものと考えられていたが、含水玄武岩中の含水相δと共存する水に枯渇したスティショバイトの相転移によっても説明できる可能性がある。