日本語要旨

地震断層運動におけるエネルギー収支についての再考察

地震の発生は地球内部に蓄えられた弾性ポテンシャルエネルギーを解放する脆性剪断破壊として理解されている.地震断層運動のエネルギー収支については1950年代以降多くの研究がなされてきたが,それらの間には辻褄の合わないことが幾つかある.その本質的理由はこの60年間に様々な概念的枠組みの変化が生じたことにある.具体的には,1960年代のプレートテクトニクスという新たなパラダイムの登場,1970年代の震源の一般的表現としてのモーメントテンソルの導入,そして1990年代の破壊過程を支配する断層構成則の確立である.してみれば,これまでの地震断層運動に関するエネルギー論を現在の視点から再考察してみる価値はあるだろう.本稿では,まず,弾性ポテンシャルエネルギーとモーメントテンソルという基本概念について概説した後,地震の震源の一般的表現と地殻応力の起源について考察し,地球の自己重力が断層すべり運動のエネルギー論に及ぼす影響は無視し得ることを示す.次に,議論の出発点として,動的断層すべりの力学的エネルギー収支に関する基礎方程式を,テクトニック起源の偏差応力が働いている弾性物体の運動方程式から直接的に導出する.そして,広く受け入れられている簡略化されたエネルギー収支方程式から地震放射エネルギーを間接的に見積もる公式について考察し,点食い違い源による変位場の解析解に基づいて直接見積もった結果と比較して,両者の間に論理的不整合があることを指摘する.この不整合の原因は,簡略化されたエネルギー収支方程式では破壊成長速度の影響が省略されていることにある.そこで,最後に,進展する剪断亀裂の先端部におけるエネルギー収支について考察し,それが地震破壊過程を支配するすべり弱化の断層構成則の自然な導入へと導くことを示す.さらに,開始-加速-高速伝播-減速-停止から成る地震破壊の全過程をエネルギー収支の視点から議論する.