日本語要旨

タイにおける洪水氾濫が人口動態へ与えた影響に関する巨視的分析(2005-2019)

洪水氾濫が頻発するタイでは,近年の著しい経済発展や人口増加により,これまでの洪水と共生する生活(living with flood)から浸水を避ける近代的な生活へと,人々の洪水との関わり方が変化している可能性がある.

そこで本研究では,洪水被害を最小化するための適応策立案に寄与することを目的に,2005年から2019年までの15年間のタイ全土における洪水と人口分布の関係をマクロ的に分析した.

具体的には,オークリッジ国立研究所によって提供されている2005~2019年の人口分布データを用いて,タイ全土における人口変化と自然増減推定値を比較し,人口の移動と分布の傾向を分析した.その結果,タイの総面積のそれぞれ9.5%と5.3%が浸水した2011年と2017年の洪水は,浸水被害が発生しなかった地域やバンコク首都圏への人々の一時的な移動を引き起こしたことが明らかになった.また,2011年の大洪水以降,人々の洪水に対する反応が変化した可能性が示唆された.

次に,各地域において,推定人口より人口が少ないことを示すポイント数と前年の浸水面積の関係を調べた結果,特に東北部において正の相関が顕著であった(r=0.501, p=0.055).これは,前年の浸水面積が大きいほど,翌年の人口がより減少したことを意味する.しかし,バンコク首都圏の傾向は他地域と異なり,相関係数は負であった.これは,人口が密集し,高層ビルの建設が急速に進んでいるバンコクの垂直的な都市構造に起因していると考えられる.同様に,タイ全土で前年の洪水による死者数と翌年の人口減少の関係を調べた結果,2011年の大洪水の影響が突出しているものの,正の相関が認められた.一方,前年の降水量に着目すると,翌年の人口減少の原因とはならなかった.

さらに,推定人口と実際人口の差の解析結果からは,タイでは人口の都市集中化が進み,都市部の洪水に対する脆弱性を高めていることが明らかとなった.

以上のことから,近年は,特に洪水対策がより進められている都市部を中心に,人々は洪水と共生する生活様式から,浸水を避ける生活様式に移行していることがわかった.