日本語要旨

S-netによる海底水圧データによる海底地殻変動検知の可能性の評価

海底水圧の長期連続観測は、スロースリップなどの過渡的なテクトニック現象に伴う海底の上下変位を検出するのに有効である。2011年東北地方太平洋沖地震に先行して発生したスロースリップイベント(SSE)が発見されて以来、日本海溝および千島海溝沿いでも自発的に発生するSSEをはじめとして様々なタイプのスロー地震現象の観測が報告されるようになっている。日本海溝海底地震津波観測網(S-net)により津波検知のために行われている海底水圧観測は、スロースリップの発生に起因する海底上下変動の信号を捉えることを通して、その活動に関する貴重な情報を提供すると期待される。本研究では、日本海溝において行われてきた100回以上の自己浮上式海底水圧計(OBPR)により得られた記録との比較により、S-netの圧力データの品質を海底測地学の観点からの検証をおこなった。OBPRは海底測地観測における標準的な装置であり、SSE検知の実績もあることから、これにより得られた観測データはデータ品質評価の良いベンチマークとなると考えられる。S-netのほとんどの観測点では、周期2日以上の帯域において、OBPRの観測データと比べてかなり高いノイズレベルであることがわかった。高いノイズレベルの主要因として、温度変化と強い相関をもつ長期変動が支配的であると推測された。本研究では、予測フィルタを利用することにより温度変化に依存するのみかけの圧力変動成分を推定し、これを元の水圧データから除去することを試みた。その結果、51観測点においてOBPRと同等程度にまでノイズレベルを低減することができた。これまでのところ、2018年の房総SSEや日本海溝北部で繰り返し発生しているテクトニック微動のバースト的活動に対応する水圧変化は確認されていないが、本研究で開発した手法によりノイズレベルが十分に低減した観測点の近くでSSEが発生した場合には、それに起因する海底上下変動を検出するのに十分な感度を、S-netによる海底水圧観測が有していることが期待できる。