更新統下総層群に含まれるアルケノンを用いた古東京湾の水温復元
- Keywords:
- Alkenone palaeothermometer, Interglacial periods, Shimosa Group
中-後期更新世は、汎世界的な氷期-間氷期サイクルよる海水準変動によって特徴付けられる。この時代、関東地方では、低海面期(氷期)には河川の営力が卓越する一方、高海面期(間氷期)には古東京湾と呼ばれる海域が現在の内陸深くまで広がった。関東平野の浅部地下には、このようなサイクリックな環境変遷によって形成された陸成層と海成層の互層から成る、下総層群と呼ばれる地層が分布している。本研究では、大宮台地南部で掘削採取され、下総層群を貫いたGS-UR-1コアに含まれる生物源有機化合物を分析した。その結果、海洋酸素同位体ステージ(MIS)5e、7e、9、11に相当する層準(それぞれ、木下層、上泉層、薮層、地蔵堂層と呼ばれる)の海成層から、長鎖不飽和ケトン化合物(アルケノン)が検出された。また、顕微鏡観察により、各層には海洋における主要なアルケノン生産種である円石藻Gephyrocapsa spp.の化石が含まれることが確認された。Gephyrocapsa spp.が合成するアルケノンの不飽和度は、海水温と線形関係があることが知られており、その関係式を用いて古水温の復元を行った。各層から検出されたアルケノン古水温は下位ほど温暖で上位に行くに従って寒冷化する傾向を示していた。これは、各間氷期の最高海水準期から海退期にかけての温度変動を反映したものと考えられた。この解釈は、同層準における浮遊性有孔虫の産出の有無や、底生有孔虫の群集に基づく環境復元の結果とも概ね整合的であった。MIS5e, 7e, 9, 11における古東京湾の最高海水温は、産業革命以前の東京湾の海水温よりも2-3℃高くMIS1(完新世)の最温暖期と同程度であったと推定された。また、MIS9が他の間氷期に比べてやや温暖であったことが示唆された。アルケノンは、下総層群で使用できる定量的かつ汎用性のある希少な古水温計であると言え、過去の重要な間氷期を対象とした古環境研究のみならず、関東地方の層序対比の構築などに際し、広く利用できるだろう。