日本語要旨

三陸海岸における1611年慶長地震津波の氾濫特性

1611年に発生した慶長地震による津波(慶長地震および慶長津波)は、東北地方太平洋沿岸域に大きな被害をもたらしたとされている。当時の震動の程度や津波の高さなどの目撃証言が歴史資料として残されており、それらに基づき慶長地震および津波の特性が推定されてきたが、不確実な情報も多く、全容解明には至っていない。本研究では三陸海岸に対して決定されている慶長津波の痕跡高に基づき、津波の伝播・氾濫特性と慶長地震の特性を推定することを研究の目的とする。

まず痕跡高の精査により、三陸海岸に位置する小谷鳥では津波が局所集中することによりその高さが約30 mに達していたことがわかった。これを踏まえて数値実験を行った結果、三陸海岸に短周期の津波が影響する場合にのみ、そのような局所集中が発生した。さらに、小谷鳥に接する海域では周期8分程度の固有振動特性があり、津波がそれを励起することで局所集中が強化されることが明らかになった。次に、慶長地震は17世紀に千島海溝沿いのプレート境界で発生した地震(17世紀地震)と同一の地震である可能性が指摘されていたことを踏まえ、17世紀地震による津波の挙動を推定したところ、小谷鳥には長周期成分が卓越する津波が影響した。一方、日本海溝沿いのプレート境界浅部域を震源域に含む地震が発生した場合、小谷鳥には短周期成分を主要成分として含む津波が影響することがわかった。これらの結果は、慶長津波は東北沖に波源域を持つ津波であり、すなわち慶長地震と17世紀地震は同一でないこと、また慶長地震は津波地震である可能性を示唆している。

地震・津波シナリオ(断層モデル)の構築に向けて、津波のグリーン関数を推定し、その位相特性を定量的に分析した。また、慶長地震は日本海溝沿いのプレート境界浅部域に震源域を持ち、その地震により発生した短周期の津波が固有振動を励起して小谷鳥に局所集中したと仮定した。これらがもたらされるシナリオを、グリーン関数の位相特性を踏まえながら構築した。構築したシナリオを用いることにより、小谷鳥に局所集中する津波およびその周辺地域で観測された津波の痕跡高分布を妥当に再現することができた。