陸域起源バイオマーカーを用いた津波痕跡の識別:青森県における2011年東北沖津波の浸水範囲の検証
- Keywords:
- 2011 Tohoku-oki tsunami, Tsunami deposit, Inundation limit, Grain-size analysis, Biomarker analysis, Coastal forest, Aomori Prefecture
津波堆積物の分布は,過去に発生した津波の浸水範囲の評価に用いられる.しかし,肉眼で認識しやすい砂質の津波堆積物の分布範囲は実際の浸水範囲と一致せず,過小評価となってしまうことがある.このため,砂質津波堆積物の分布よりも内陸で津波の痕跡を識別することが求められる.そこで本研究では,青森県おいらせ町の防潮林において2011年東北沖津波の浸水範囲内外で表層堆積物を採取し,堆積学的・地球化学的検討を行った.比較的海岸に近い地点では砂質津波堆積物を確認することができたが,浸水限界に近い地点では肉眼観察やCT写真,粒度分析によるイベント層の判別が困難であった.バイオマーカー分析を用いて津波痕跡の識別を試みたところ,すべての測定層準で海洋生物起源の有機化合物は検出できなかった.一方で,防潮林内のマツ由来の有機化合物であるイソロンギフォレンが砂質津波堆積物中もしくはその直上において高濃度で検出された.また,浸水範囲内で津波堆積物が確認できない地点においても,イソロンギフォレン濃度のピークがみられた.津波浸水の影響を受けていない地点ではイソロンギフォレンの深度変化にピークが見られなかったことから,津波堆積物に対応して見られたイソロンギフォレンのピークは津波浸水の影響を反映したものと考えられる.以上のように,特徴的なバイオマーカーの深度変化・側方変化を追うことにより,津波浸水の範囲を捉えられることがわかった.さらに今回の結果は,陸域起源の物質であってもその指標となり得ることを示している.本研究で津波痕跡の指標となったイソロンギフォレンはマツ林が広がる地域に限られるものであるが,他の地域であっても古植生を復元することにより特徴的な有機化合物を見つけられる可能性がある.今後,古津波堆積物の研究へのバイオマーカー分析の適用が,より正確な津波浸水域の推定と津波規模の高精度復元に繋がると期待できる.