日本語要旨

南部マリアナ前弧最西端のカンラン岩が示す背弧海盆マントルの構造岩石学的特徴

南部マリアナ前弧の深海底地質については、世界最深の蛇紋岩湧水系であるShinkai Seep Fieldや前弧玄武岩の発見、さらには海溝軸近傍にマリアナトラフ(背弧)由来のマグマが噴出する南東マリアナ前弧リフトの存在など、興味深い事象が次第に明らかになりつつある。しかし、南部マリアナ海溝の世界最深部「チャレンジャー海淵」西方の南部マリアナ前弧及びその周辺部の調査は、先行研究を含めほぼ皆無であり、南部マリアナ前弧全体の実態解明にとって大きな課題であった。本研究では、2014年に実施した潜水調査船しんかい6500による南部マリアナ前弧最西端部における潜航調査の結果を報告する。調査地域は、ヤップ海溝とパレスベラ海盆の会合部に近いマリアナ海溝最西端に位置し、便宜上139°E Ridgeと呼称する東経139度付近の地形的高まりである。この高まりの海溝陸側斜面の水深3430 mから5999 mまで2回の潜航調査(6K-1397潜航,6K-1398潜航)を実施し、35個のカンラン岩、2個のカンラン石ハンレイ岩、3個の斜方輝岩、5個の玄武岩、3個の炭酸塩岩を採取した。本研究では、これらのカンラン岩から、蛇紋岩化作用の程度が比較的低いハルツバージャイト17個とダナイト1個について、微細構造、結晶方位ファブリック、鉱物の主要元素組成と微量元素組成を分析した。その結果、139°E Ridgeカンラン岩の岩石学的特徴は、マントルウェッジに由来するマリアナ前弧のカンラン岩ではなく、背弧海盆であるパレスベラ海盆のカンラン岩と類似していることが明らかになった。さらに、139°E Ridgeの浅部から深部に向かってカンラン岩の変形微細構造が、高差応力下で形成される結晶方位ファブリック(Dタイプ)を伴って次第に細粒化しているが見いだされた。これらに基づき、沈み込む太平洋プレート上に位置するキャロライン海嶺がマリアナ海溝に衝突したことによって、パレスベラ海盆のマントルに延性剪断帯が発達し、最終的にその一部がマリアナ海溝最西端の前弧域に露出した可能性を議論した。