日本語要旨

最終氷期最盛期以降の東シナ海北部における珪藻群集に基づく表層水塊変化

北西太平洋の縁海である東シナ海は,九州西方から台湾にかけて琉球弧に沿って発達する背弧海盆である沖縄トラフと,中国の東方に広がる大陸棚に大別される。高温・高塩分・低栄養塩濃度の黒潮は,台湾と与那国島の間の海峡から東シナ海に流入し,沖縄トラフの西縁に沿って北上したのち,トカラ海峡から太平洋へと流出している.黒潮の一部はさらに九州西方を北上し,対馬海峡を通過し日本海へ流入する対馬暖流となる.東シナ海の大陸棚には,大陸河川水の影響を受けた低温・低塩分・高栄養塩濃度の大陸系沿岸水が分布している.大陸氷床の発達により海水準が最大130 m低下した最終氷期最盛期(21,000-17,000年前)には,大陸棚の大部分が陸化し黄河や長江の河口域が前進した.また,台湾海峡の閉鎖や対馬海峡の狭窄により,東シナ海へ流入する黒潮が弱化したり流路が変わったりしたことが示唆されている.

本研究では,東シナ海における最終氷期最盛期以降の表層水塊変動を復元するため,沖縄トラフ北部で採取された海底堆積物試料中の珪藻群集解析を実施した.植物プランクトンの珪藻は,陸水から海水まで幅広い水域に多様な種が生息している.珪藻が形成する生物源オパールの被殻は,種ごとに異なる形態を持ち堆積物中に保存されるため,化石群集は水塊環境の優れた指標となる.東シナ海沖縄トラフ北部の海底堆積物試料中では,最終氷期最盛期から完新世にかけての珪藻群集組成が大きく変化した.珪藻群集は,最終氷期最盛期には大陸棚の浅海域に生息するParalia属を中心とした沿岸性群集であったが,退氷期から完新世にかけて温暖な外洋域に生息する浮遊性種を主体とする群集に入れかわった.このことは,海水準上昇に伴い大陸棚が冠水し,大陸系沿岸水の勢力が縮小したこと,東シナ海に流入する黒潮の強化や対馬暖流の日本海への流入を反映している.ただし淡水性・汽水性珪藻種の産出はわずかで,最終氷期最盛期においても河川水の直接的な影響は小さかった.