日本語要旨

地震計で観測される雑微動記録の解析に基づく上流域における洪水時の流量予測

山間部を流れる河川は支流が複雑に分布しアクセスしにくいことから、河川流量の観測が非常に困難であり、長期間継続的に水文観測を実施した例は極めて少ない。一方で、上流域での河川流量を正確に把握できれば、下流域での洪水予測、ひいては洪水被害の軽減のため、極めて有用な情報をもたらすと考えられる。防災科学技術研究所が運用する高感度地震観測網Hi-netの雑微動記録には、河川由来の振動が明瞭に捉えられることがある。本研究では、洪水時のHi-netの雑微動記録に基づき、山間部を流れる河川の流量を予測する手法の開発に取り組んだ。

Hi-netは約20km間隔で全国にほぼ均一に設置されており、その一部は流量観測点がない山間部の河川の近傍にも設置されている。通常、流量観測点と地震観測点とは異なる場所に設置されており、離れた場所で得られた記録同士を比較して校正を行うことは難しい。そこで本研究では、まず水文学モデルに基づく流量シミュレーションを行い、計算流量が下流域での観測流量とよく一致することを確かめた。次に、上流域に設置されているHi-net観測点の雑微動記録とHi-net観測点から最も近い河川上の地点における計算流量とを比較し、計算流量との比較により雑微動記録の校正を行った。

最上川流域を対象に、2004年7月、2015年9月、2019年10月の洪水イベントについて調査した結果、1-2Hz帯域の雑微動記録の2乗振幅が計算流量と良い相関を持つことを確認した。この結果を踏まえ、雑微動の2乗振幅と計算流量とをつなぐ簡単な関係式を構築し、それぞれの洪水イベントにおいて雑微動―流量関係式を支配するパラメータ値を推定した。この関係式をパラメータ推定に利用したイベントとは異なる洪水イベント時の雑微動記録に適用した結果、その洪水イベントにおける流量のピークとタイミングとを概ね正確に予測できることが分かった。本研究により、地震計記録と最寄りの河川での計算流量とを間接的に関係づけることが初めて可能となった。今後、ほぼリアルタイムで収録される地震計記録の解析から、山間部での河川流量を早期に把握することが可能になると期待される。