日本語要旨

生体内アミノ酸の安定窒素・炭素同位体比を決定する反応プロセス

生体を構成するアミノ酸の安定窒素・炭素同位体比(15N/14N, 13C/12C)は,生物がどのような環境で,どのような生物同士のつながりの中で生きているかを理解するために広く用いられてきた.同位体比を用いた研究手法では,一連の反応プロセスで生じた「基質と生成物との同位体比の差(同位体分別)」から,その反応が「どの程度」起きたのかを知ることができる.すなわち「同位体分別をもたらす生体内での反応プロセス」を特定し,その同位体分別の値が示す意味を理解することによって,生物の生き様の定量的な評価が可能になる.近年頻繁に利用されている手法に,アミノ酸の窒素同位体比を用いた生物の栄養段階解析法があるが,この手法は,生物がエサから獲得したアミノ酸を分解する際に「14Nを持つアミノ基から優先して脱アミノ化する」という反応に基づいて構築されており,観測される同位体分別の値から「脱アミノ化量」を定量できる.一方で,アミノ酸の炭素同位体比に関しては,同位体分別や反応プロセスを理解するための仮説が,1970-90年代に提唱されているものの,実測値を説明できない,その値が意味する情報の信頼性を担保できないという根本的な問題を抱えていた.加えて,分析の前処理における人為的な同位体分別の付与が,正確な炭素同位体比を得ることを妨げていた.

本研究では,上述した「人為的な同位体分別の付与」を無視できる試料を選び,生体内のアミノ酸の炭素同位体分別が,どの反応プロセスで起こるのか,そしてその値の大きさが何を意味するのかを検討した.その結果,(1) アミノ酸の炭素同位体分別は「中央代謝系での脱炭酸」によって引き起こされること,(2) 脱炭酸により「基質」に濃縮した13Cが,アミノ酸合成系へ伝搬すること,そして (3) 生体内におけるアミノ酸の窒素と炭素の同位体分別の大きさは,それぞれ「アミノ酸の分解量・合成量」を反映することが示唆された.これらの示唆は,従来の炭素同位体分別にまつわる仮説を大きく刷新する新知見であり,将来的には,アミノ酸のみならず他の有機化合物の生体内および環境中の同位体比変化を理解し,生物の生き様をより包括的に明らかにする手段として,生物地球科学研究に貢献することが期待される.