日本語要旨

上総層群国本層における下部—中部更新統境界の国際境界模式層断面とポイント(GSSP),千葉複合セクションの石灰質ナノ化石層序と推定される表層海洋環境変化

本論は,2020年1月に下部—中部更新統境界の国際境界模式層断面とポイント(GSSP)に認定された千葉複合セクションの詳しい石灰質ナノ化石層序の検討結果である.本論では,同セクションに認められた化石イベントと,石灰質ナノ化石群集に基づく表層海洋環境の変化を議論した.併せて,房総半島の第四系である上総層群全体の石灰質ナノ化石基準面のレビューも行った.千葉複合セクションでは,特定の石灰質ナノ化石種の出現や消滅は認められないが,数百年間隔という高い時間分解能での検討の結果,比較的大型(長径5 µm以上)のGephyrocapsa属の個体がMatuyama–Bruhnes境界(M–B境界)付近の約77万年前—76万年前間の1万年間のみ産出しない層準があることが明らかになった.この一時的な大型個体の消滅が広範囲に追跡可能かどうかは他の地域でも検証する必要があるが,M–B境界に特徴的なイベントとなる可能性がある.一方,日本周辺の代表的な海流である黒潮や親潮に特徴的な石灰質ナノ化石種の層位変化に基づくと,前期—中期更新世境界付近の表層海洋環境の変化が議論できる.主に黒潮流域に卓越するとされるUmbilicosphaera sibogaeは,氷期であるMIS 20には少なく,間氷期のMIS 19以降に多く産出することから,温暖化に伴って黒潮の影響が強くなったといえる.このことは,寒冷な水塊を意味するCoccolithus pelagicusがそれとは逆の層位変化を示すことからも支持される.また,黒潮の影響下にあるMIS 19cの後半以降,東シナ海付近に多いとされるHelicosphaera属が増加することから,この時期の房総半島付近の海洋表層には沿岸水の影響も及んでいたことが示唆される.さらに,寒冷種C. pelagicusには約1万年周期で繰り返す産出の増減も認められ,氷期・間氷期よりも短い周期で黒潮フロントの移動が生じていたと考えられる.