日本語要旨

下部マントル地震波低速度構造の起源としての沈み込んだ海洋性地殻

本論文では、全マントル地震トモグラフィーによって明らかにされたマントル最下部にある2つの巨大なS波低速度領域(LLSVP)は、海洋性地殻が何十億年にもわたって徐々に堆積し温められてきた塊であるという仮説を検討する。まず、発散するプレート境界で重たい海洋地殻が形成され、収束するプレート境界で沈み込むという、既存の地球規模のマントル対流モデルから出発する。下部マントル条件下における海洋性地殻の密度変化の程度が明らかではないので、数通りの場合を設定する。トモグラフィーの結果と意味のある比較を行うために、マントル対流モデルから得られる温度場・密度場の結果を地震トモグラフィーと同じく地震波速度の違いに変換する。その際、地震トモグラフィーのやや低い解像度に合わせるために空間的なフィルターを適用する。私たちの結果から、長期にわたる密度の高い海洋性地殻の再循環によって、LLSVPと同様の地震学的特性を持つ熱化学的塊(パイル)が自然に形成されることが分かる。海洋性地殻がどの程度LLSVPに寄与しているかは、正確なデータが不足している下部マントル内における海洋性地殻の密度変化に依存するが、密度変化を伴わない純粋な熱対流ではLLSVPを再現できないため、LLSVPは海洋性地殻だけで構成されているわけではないと理解される。さらに、マントル最下部100〜200 kmでは玄武岩的成分に富んでおり、温度が支配的な役割を果たす地震波速度の変化が示すように、LLSVPの側面と上部に近づくにつれ徐々にかんらん岩的な成分に変わっていくことが判明した。以上から、密度変化が十分大きければ、海洋地殻の再循環は地球のマントルの熱的および化学的進化に強い影響を与えると結論付けることができる。