火星パヴォニス山の底面凍結型の氷河作用:氷河前進期に堆積したモレーンの証拠
- Keywords:
- Thermomechanical ice sheet model, Mars, Amazonian climate, Moraine deposition, Tharsis, Glaciation
火星のターシス地域にある3つの巨大火山(アーシア山,パヴォニス山,アスクレイアス山)の北側斜面あるいは西側斜面には,扇状堆積地形(FSD)がみられる.FSDは,1) 互いに平行に延びる細長い多数の峰(リッジ)のある地域(以下「リッジ域」と呼ぶ)や,2)多数の小高い丘に覆われた地域,3) 流動を示唆する凹凸の少ない地域に分類できる.FSDは約30億年前~現在(アマゾニア代)の中の自転軸傾斜角が大きい時期に,極域の氷が張りだして赤道域のターシス地域に厚さ2kmを超える氷堆積物として存在した際に,これが何らかの流動を伴ったことで生じたと考えられてきた.これまでに氷流動モデルとクレーター年代学的調査により,リッジは氷河後退期に岩屑物が氷河表面から末端部に運搬・堆積して形成したモレーンで,氷河後退期の約1億年の間に形成されたと考えられている.本研究ではこの仮説を、高解像度の熱力学的氷床モデルを用いて検証した.まず,岩屑物に覆われた氷の昇華に関する新たな実験結果に基づき,氷の損失率は先行研究の値よりも小さい年間約0.5 mmと仮定した.パヴォニス山のFSDのリッジ域における標高モデルを用意し,これを境界条件として数値解析をおこなうことで,リッジ域が単に一回の氷河後退期に形成されたのではなく,複数の氷河前進期に生じたことを明らかにした.これは自転軸傾斜角が約12万年周期で大きくなる時期に発生する氷の涵養イベントが,大量のデブリを氷河末端部に移動させる運動学波を引き起こしたことを示唆する.もしリッジが氷河前進期に生じたなら,リッジ同士の間隔の周期性を説明でき,隣り合うリッジの時間間隔を自転軸傾斜角の周期約12万年と結びつけられる.そこでリッジ同士の距離を計測し,この時間スケールを適用することで,氷河末端の速度を1地球年あたり0.2〜4 cmと制約した.この値は数値シミュレーションの結果と調和的である.本研究でのFSDのリッジ域の再解釈は,FSD形成(あるいはアマゾニアンの自転軸傾斜角が大きい期間)の時間スケールが,従来報告された値よりも短いことを示唆する.