日本語要旨

火星リソスフェアの弾性的厚さに対する水の影響

現在の火星表層は乾燥しているが,過去には湿潤な環境で大規模な海が存在していた可能性が指摘されている。では,その水はどこに行ってしまったのだろうか?一つの候補は,宇宙空間への散逸だが,現在の火星大気の同位体組成からは,すべての水が宇宙空間へ逃げたとは考えにくい。そこで考えられるのは,火星内部への水の吸収である。その可能性を検証するため,私たちは火星リソスフェアの弾性的厚さに注目した。なぜなら,リソスフェアの弾性的厚さは岩石のレオロジーに支配され,水の存在に強い影響を受けるからである。

最新のレオロジー構成則に基づき,火星リソスフェアの弾性的厚さを計算したところ,水の存在下では弾性的厚さが著しく薄くなることがわかった。そして,火星のいくつかの地域について弾性的厚さを計算し,マーズ・グローバル・サーベイヤーなどの観測結果と比較したところ,初期のノアキアン時代には水がリソスフェアに存在するのに対し,それ以降のヘスペリアンーアマゾニアン時代にはドライな環境に変遷した可能性が示された。

初期の火星では,地球と同じようにプレートテクトニクスが稼働していたとの考えもあり,火星内部への水輸送を担っていたのかもしれない。また,ウェットからドライへのリソスフェアの変遷は,火星表層で海が消滅した時期とも調和的といえる。現在の地球でも,内部への水の吸収が放出を上回っているとされ,火星と似た運命をたどり将来的には地表から海が消滅してしまう可能性も考えられる。なお,今回の計算結果は,火星リソスフェアの温度構造にも影響されるため,現在進行中の探査による火星での地温勾配の制約が待たれる。