日本語要旨

徳島県牟岐町で発見された先史時代における津波の地質学的証拠

徳島県牟岐町の沿岸湿地において,先史時代(5581~3640 cal yr BP)に発生した津波による浸水を示唆する地質学的証拠をに5層見つけた.津波堆積物の候補となる9層のイベント堆積物(E1~E9)は,有機質シルトに挟まれた砂質または礫質の層として確認された.X線CTを用いてこれらのイベント堆積物を観察したところ,上方細粒化や明瞭な基底面といった堆積学的特徴が確認された.また,地点MG05の柱状試料について珪藻分析を行ったところ,イベント堆積物E3,E6,E7,E8の内部から汽水~海水生の珪藻種が多く産出し,これら4層は海水の流入によって堆積したことが明らかとなった.さらに,E3,E4,E6,E8の上下の地層では珪藻化石群集の組成に変化が見られた.そのような環境変化を引き起こす原因のひとつとして海溝型地震に伴う沈降が考えられる.

以上のような堆積学的・古生物学的考察の結果に基づき,イベント堆積物E3,E4,E6,E7,E8の5層が南海トラフで発生した地震による津波堆積物であると結論づけた.特に,E3,E6,E8 の3層は,(1) 堆積構造が近年報告された津波堆積物と矛盾しない,(2) イベント堆積物中の珪藻化石群集は3層の構成物は海から運搬されたものであることを示す,(3) イベント前後で環境が変化している,という3つの条件を全て満たしていた.一方,イベント堆積物E4,E7については,イベント堆積物中の珪藻化石群集は混合群集であること,またE7においてはイベント前後の環境変化が見られないことから,E3,E6,E8と比較して津波堆積物としての確実性には差があると判断された.放射性炭素同位体年代測定の結果から,本研究で明らかになった5つの津波堆積物は,これまでに紀伊半島から四国東部において報告されている津波堆積物と対応する可能性がある.以上より,本研究の成果は,南海トラフ沿岸地域における津波の浸水履歴を考える上で重要な資料となる.