日本語要旨

多視点ステレオ技術に基づく文化財の劣化状況の簡易評価

本研究では、デジタル写真を多方向から撮影することで対象物の三次元形状を簡易に計測する多視点ステレオ技術を用いて、文化財の劣化状況を評価し、適切な保存対策を検討することを試みた。対象は、広島県三原市にある西暦1300年に造られた花崗岩製の磨崖和霊石地蔵で、広島県の重要文化財に指定されている。この像は海岸の波打ち際に位置することから、地元の人々によって近年の急速な劣化が懸念されていたものである。多視点ステレオ技術により、2016年の磨崖和霊石地蔵の現状と、型取りに基づいて1986年に造られてから広島県立歴史博物館内で保存されていたレプリカの現状とを計測し、両者のずれをこの30年間に進行した劣化として評価した。その結果、3mm以上の変位が検出された地点は、海水面に平行な約20cmの帯状に集中して認められ、それは、推定される1986年の平均満潮時海水位と、2016年の平均満潮時海水位との間部分にほぼ相当する。この30年間で3mm以上の変位が検出された領域は計測域全体の約0.56%であり、像が造られてから現在までの約700年間で、近年だけ特に急速に劣化が進行している状況とは認められない。むしろ歴史的な海水準の変動に伴い、継続して劣化が進行してきた結果として現状が与えられたと考える方が自然である。ただし、この先もし海面上昇が続けば、現時点ではあまり劣化していない顔部分にまで損傷が及ぶ可能性も考えられ、その場合には像前面に何らかのバリアのようなものを設けることが有効な保存対策となる可能性が考えられる。本研究で用いた方法により、文化財の劣化を正確に評価してその保存に寄与できるばかりでなく、長期間に起きた風化を短時間で定量的に議論することが可能となり、風化の研究にも寄与できるようになることが期待される。