日本語要旨

カンボジア・アンコールワット寺院の砂岩柱に発達する凹みの方位依存性にかかわる微気候環境

カンボジア北西部に位置するアンコールワット寺院は,12世紀にヒンドゥー教の寺院として建築された。クメール王朝の傑作と評される伽藍は,優れた建築技術に基づいた砂岩ブロックの組み合わせからなり,所どころでその表面が美しいレリーフで装飾されている。寺院の中心にある中央祠堂は約65mの高さをもち,正しく4方位を有する方形の3つの回廊に囲まれる。これら回廊の砂岩からなる角柱では,どれもその基部にノッチ状の凹みが発達している。この凹みは,おもに乾湿風化や塩類風化によるものであるが,その深さは柱の向きや回廊の方位によって異なっているようである。そこで本研究では,第1回廊と第3回廊を対象に,砂岩柱基部の凹みの方位依存性を,エコーチップ試験機による砂岩柱の硬さ,赤外線水分計による柱の含水比変化,および回廊に設置した温湿度ロガーによる5年間の温湿度記録などをもとに分析した。

その結果,砂岩柱基部の凹みの深さは,直達日射を受けやすい柱の外側の面で深く(平均21~65mm),日陰となる内側の面で浅い(8~50mm)ことがわかった。また,回廊の方位でも日射の受け方を反映して,柱外側の凹みの深さの平均は東向き回廊で深く(第1回廊47mm,第3回廊65mm),北向き回廊で浅い(それぞれ,21mm, 50mm)傾向が認められた。凹みの深い柱の外側の面は,内側に比べて含水比は低く硬度が高い。砂岩柱では降雨時に湿潤化が生じるが,外側の面では日射を受けて柱表面の乾燥化が進みやすく含水比変動が大きい。そしてこの含水比変動の繰り返しによって,風化部の剥離が進行して砂岩の未風化部が露出し,硬度が高く示されたと考えられる。一方,回廊の向きによって湿度環境は異なり,北向き回廊では年間を通じた湿度変化は小さいものの,朝日や夕日を受ける東や西向き回廊では年間を通じて大きい湿度変化を被っていた。すなわち,砂岩柱にみられる凹みの深さの方位依存性は,日射に由来する砂岩柱の水分変動の大きさと繰り返し頻度によるものと推察される。