日本語要旨

北西太平洋における海底堆積物のS波速度異方性構造の分布

北西太平洋では,構造探査によって海底堆積物の詳細な弾性的性質が明らかにされている.しかし,S波異方性構造に関する情報はあまり取得されていない.異方性構造は,岩石の構造や亀裂の配向などによって形成されるため,観測点下の異方性構造からその場所の応力場を明らかにできる可能性がある.本研究では,海底堆積物の異方性構造を推定するため,北西太平洋に設置された254台の海底地震計で観測された常時微動の記録に地震波干渉法の適用を試みた.その結果,音響基盤上面から反射してくるS波の抽出には成功したが,海洋性モホ面などのより深部からの反射S波は抽出できなかった.常時微動を用いた場合,任意の方向に振動する反射S波を抽出できる.したがって,もし振動方向によって反射S波の走時が変化していれば,それは海底堆積物中の異方性構造を反映している.

結果では,振動方向の違いによる反射S波の走時差が観測され,その走時差は最大で0.05秒であった.異方性の空間分布は,アウターライズ域では速い軸は海溝軸に平行で,千島海溝と日本海溝の接合部では海溝軸の方向の変化にも対応して速い軸の方向が変化していた.このことから,アウターライズ域での海底堆積物の異方性構造は,太平洋プレートの上に凸の折れ曲がりによる伸張応力場によって配向した亀裂が形成され,それによって異方性構造が形成されていると考えられる.さらに本研究では,等方性・異方性媒質において3次元波動伝播シミュレーションを行い,反射S波の抽出および振動方向による反射S波の走時変化を再現することに成功した.また,現実的な速度構造を用いた大規模計算も行い,より深部からの反射S波を抽出できなかったことを再現し,その原因をつきとめることができた.海底堆積物のS波速度が非常に遅い場合,堆積層に入射するS波がほぼ鉛直伝播して堆積層内にトラップされるため,深部からの反射S波が海底面まで届かないことが原因と考えられる.