日本語要旨

アミノ酸の化合物レベル窒素安定同位体分析によるボルネオ島の同所性パームシベット亜科4種の食物ニッチ分割の示唆

ボルネオ島の熱帯雨林には、果実食性、夜行性、半樹上性など似通った生態的特性をもつ哺乳綱食肉目ジャコウネコ科パームシベット亜科4種(パームシベット、ミスジパームシベット、ハクビシン、ビントロング)が同所的に生息するが、同様の生態環境下に4種もの近縁種が共存できる機構は明らかになっていない。本研究では、これら4種の動物性食物の採食の程度を比較するために、炭素・窒素安定同位体分析をおこなった。さらに、アミノ酸の化合物レベル窒素同位体分析を用いて4種の栄養段階を推定した。安定同位体分析の結果、ビントロングの毛のバルク窒素同位体比は他の3種よりも明確に低かった。このことは、ビントロングが4種の中でもっとも動物食の程度が小さいことを示唆する。アミノ酸の窒素同位体比から推定された栄養段階は、ビントロングが2.0-2.1ともっとも低く、次いでミスジパームシベット(2.4-2.5)、ハクビシン(2.7)、パームシベット(2.9)であった。これらの結果から、ビントロングは動物食の程度が低くほぼ植物食であることと、他の3種では動物食にばらつきがあることが示唆された。アミノ酸の窒素同位体比を測定したサンプル数は少ないが(各種2個体)、これらの結果は、昆虫など動物性食物の採食の程度が異なることが、ボルネオ島のパームシベット亜科4種における共存機構のひとつであることを示唆する。このように、同所的に生息する近縁種間で観察される、微妙であるが本質的な違いが、熱帯地域における生物多様性の高さを維持していることが考えられる。また、本研究では、陸生哺乳類における直接観察などの古典的な食性調査の結果と安定同位体分析の結果が一致した。従来の生態学的食性推定方法に加えて、バルク有機物およびアミノ酸化合物レベルの安定同位体分析という化学的分析手法を併用することで、より高い精度での食性推定が可能になり、生態系システムの理解に貢献することが示唆された。