地殻ーマントル境界におけるSi交代作用とMg交代作用の相対的影響: 実験、天然観察、地化学モデリングからの考察
- Keywords:
- Element mobility, Metasomatism, Crust–mantle interface, Fluid, Chloritization
固体地球において地殻はSiに富み、上部マントルは相対的にMgに富む化学組成をもつ。沈み込み帯のマントルウェッジは、海洋プレートと共に持ち込まれる地殻物質と上盤マントルが接する特異な場であり、地殻―マントル境界で流体を介した元素移動による「交代作用」が著しく起こる。従来、地殻からマントルへのSiの移動によって引き起こされるSi交代作用について知られてきたが、マントルから地殻へのMgの移動に伴うMg交代作用についてはよくわかっていない。本論文では、水熱実験、天然の変成岩の産状、そして、最新の熱力学データを用いた地化学モデリングをもとに、地殻―マントル境界における交代作用、特にSiとMgの相対的移動度とCO2流体の与える影響について最新の研究を含めたレビューを行った。
地殻―マントル境界を模したアナログ実験は、主に地殻物質として石英や長石を、マントル物質としてかんらん石を用いて、200-300˚Cの飽和水蒸気圧で行われてきた。これらの実験では、地殻側からSiが移動して、マントルに滑石などを生成するSi交代作用が進行するのに対し、石英などは溶解するのみでMg交代作用は進まないことが示されている。一方で、天然の変成帯に産する地殻―マントル境界には様々なタイプの反応帯が報告されている。比較的低温低圧の蛇紋岩メランジェではSi交代作用により、蛇紋岩体(含水したマントル)内部に滑石や角閃石の脈が発達している。これに対し、高圧変成帯の多くには、マントル岩石のSi交代作用のみならず、地殻岩石側にMgが移動して緑泥石を形成するMg交代作用も顕著に起こっている。また、天然と実験共にCO2流体が加わると、Si交代作用とは無関係にマントルには滑石が効果的に形成される。このような交代作用のバリエーションを理解するために、代表的な沈み込み帯の温度圧力条件に沿って、地化学モデリングを実施した。マントルに平衡な流体と、地殻(堆積物)に平衡な流体の化学組成を熱力学的に計算した結果、冷たい沈み込み帯や低圧条件では地殻中の流体のSi濃度の方が、マントル中の流体のMg濃度よりも桁で大きく、マントルのSi交代作用が起こりやすいこと、温かい沈み込み帯の深部ではマントルのSi交代作用に加えて、マントルから地殻へのMgの移動が卓越し、地殻のMg交代作用が進行することが示された。交代作用は、異なる種類の力学的に弱い含水鉱物を作り出すとともに、体積膨張に伴うマントルの破壊などを加速させる。したがって、沈み込み帯の流体の化学組成(pH、溶存種、錯体など)は、これまで考えられている以上にプレート境界の力学的な挙動を大きく変化させる可能性がある。