日本語要旨

下部マントルにおける含水鉱物中の水素結合の役割

鉱物や岩石中に含まれる水は、地球を構成する鉱物の融点、レオロジー、相安定性、弾性などの物性に大きな影響を与えるため、地球のマントルダイナミクスに大きな影響を与えると考えられている。そのため、地球内部の水の存在状態や量を把握することは、地球の進化過程を理解する上で不可欠である。しかし、地球内部の水の総収支はほとんど分かっていないのが現状である。マントル遷移層で安定な、名目上の無水鉱物(NAMs)の水素収容能力から、マントルに貯蔵されている水の量は、地球表層のすべて水の総量(=1地球海洋単位)と同等かそれ以上であると示唆されている。地球のマントルが含水化されているか否かを議論するためには、地球深部への水の出入りの収支を理解する必要がある。過去数十年間、含水鉱物は高圧下で熱力学的に不安定であるため、下部マントルには存在しないと考えられていた。しかし最近、含水H相(MgSiO4H2), パイライト型FeOOH, δ-AlOOHなどの含水相が下部マントル圧力条件下で熱力学的に安定であることがわかってきた。近年、量子力学の基本原理を基にした第一原理計算を用いた研究は、これらの新しい相の同定とその地球物理学的特性の決定に重要な役割を果たしてきた。すなわちこれらの計算結果は、下部マントル圧力条件下で安定な含水鉱物(含水D相、含水H相、e-FeOOHおよびパイライト型FeOOH、δ-AlOOH等)が、「対称水素結合(酸化物の場合はO-H-Oと表記)」を含んでいることを明らかにした。水素結合は通常非対称であり(酸化物の場合はO-H…O)、一般的な化学結合より弱いが、この対称水素結合は非常に強いことがわかっている。計算結果はこの対称な水素結合の強さが含水鉱物の超高圧下での安定性や物性に密接に関係していることを示唆している。本総説では、含水鉱物中の水素結合の役割の観点から、地球下部マントルに存在する可能性のある対称水素結合を持つ含水鉱物の安定性、構造、物性に関する理論と実験の研究をレビューし、圧力誘起水素結合対称化について概観した。