日本語要旨

北米西岸の遠地津波波形から推定される安政東海・南海地震の発生時間差

永らく1854年安政東海・南海地震の発生時間差は30時間と32時間で議論が分かれていた.これは地震発生当時の日本で不定時法が採用されていたため,おおよそ2時間の時間分解能しか持たないことが原因であった.そこで我々は,サンフランシスコ及びサンディエゴの検潮所で記録された潮位波形から安政東海・南海地震の発生時間差を新たに推定した.安政東海地震津波の到達時刻は明らかであったが,安政南海地震津波の到達時刻は安政東海津波の後続波の影響ではっきりとしなかった.サンフランシスコの検潮所における観測波形に着目したところ,安政南海地震津波の卓越周期(25-133分)は安政東海地震津波の卓越周期(25-100分)より若干長いことが分かった.これは津波を生じた断層の走向と北米西岸の向きを反映している可能性がある.また安政南海地震の後続波で振幅が急激に大きくなる原因はサンフランシスコ湾の固有周期(116分)と卓越周期が一致したことで湾内振動を起こしたためだと考えられる.

安政南海地震の発震時刻を1854年12月24日午前7時(GMT)と仮定して非線形分散波理論に基づいて津波伝播を計算したところ,計算波形は観測波形より数十分早く到達した.さらに観測波形と計算波形の正規化二乗平均平方根とその誤差を求めたところ,これらの時間差は0.4時間あることが判明した.すなわち,安政南海地震は12月24日午前7時24分(GMT)頃に発生したと推定される.先行研究で安政東海地震は12月23日午前0時30分頃(GMT)頃に発生したことが分かっているため,安政東海・南海地震の発生時間差は30.9時間と見積もられた.不定時法に基づいた史料記録と潮位計による計器観測記録で時間分解能は大きく異なるにもかかわらず,本研究で得られた結論は日本太平洋沿岸における津波の被害記録と比較しても概ね調和的であった.この知見は今後歴史地震の発震時刻を推定する過程で大いに役立つだろう.