日本語要旨

動的全球植生モデルSEIB-DGVMを用いたシベリアにおける広域データ同化

陸域生態系モデルは,炭素,水,エネルギーの循環に関わる地球システムモデルの構成要素として開発されてきた.近年,陸域生態系モデルに衛星観測データや現地観測データを取りこみ,モデルのパラメータや状態変数を最適化するデータ同化研究が行われてきている.衛星観測の葉面積指数(LAI)は展葉・落葉といった植物のフェノロジー(植物季節)を広域スケールで最適化するために用いられているが,森林の上層植生と下層植生のフェノロジーは異なる挙動を示すため,林分構造を明示的に再現するモデルを用いて上層植生・下層植生を個別に扱い,これらのLAIの合計値をデータ同化によって最適化することが望ましい.そこで筆者らは先行研究において樹木の1本1本や下層植生を明示的に表現する動的全球植生モデルSEIB-DGVM (Spatially Explicit Individual-based Dynamic Global Vegetation Model) に衛星観測のLAIを同化し,フェノロジーと関連する落葉開始日と光合成速度のモデルパラメータを最適化するデータ同化システムを開発した.本研究では,新たに本データ同化システムの広域スケールにおける性能を明らかにした.データ同化を適用しない実験では,モデルで推定されたLAIは衛星観測LAIと比較してシベリア全域で過大評価されていたが,データ同化を適用した実験では,LAIの誤差が大幅に減少した.データ同化を用いた実験では,LAIとその他のモデル変数の解析結果が一貫して改善し,衛星観測LAIのみならず,上層植生のLAI,総一次生産(GPP),地上バイオマスの空間分布に関する先行研究との相関係数が増加し,誤差(RMSE)は減少した.しかし,1)上層植生の落葉開始時期の推定値は現地観測よりも約40日早かった,2)下層植生のLAIの推定値は現地観測の約半分であった,3)上層植生のLAIと総一次生産(GPP)の推定値は過去の研究と比較して過大評価されていた,という3つの主要な課題が残されている.これらの課題を解決するためには,さらなる植生モデルの改良とデータ同化研究が必要である.