石造文化財等における塩類風化に関する理論的研究のレビュー
- Keywords:
- Salt weathering theories, Crystal growth pressure, Hydration, Thermal expansion of salt
塩類風化は、風化、侵食、運搬、堆積という地形変化プロセスの第1段階である風化の種類を表す地形学の専門用語である。塩類風化は、物理的風化メカニズムの1つに分類され、岩石内部に存在する水に溶けている塩類(酸・塩基成分に由来するイオン性化合物)が、乾燥により固体状の結晶として現れる際に生じる力により、岩石そのものを壊す現象である。
一般的用語としては「塩害」であり、建築用石材、モルタルやコンクリートなどの人工の建築材料,天然の岩石など材質を問わず、貴重な文化財・大型建造物や自然界に露出��る岩壁などに対して、時に甚大な劣化を引き起こすこともある。このような問題に対処するために、ほぼ2世紀にわたり、各種塩類の結晶化や水和、熱膨張など、鉱物学や岩石学、地形学などいわゆる地球科学の域を越え、多様な学問分野で研究されてきた。
塩類風化現象においては、各種塩類の物理化学特性がきわめて多様で反応段階も複雑であることから、この現象を定量的に示す普遍的な理論は1つに定まっていない。本稿では、結晶成長理論を中心に、先行研究で提唱されているいくつかの理論やそれらに関係する実験的研究も含め、塩類風化の研究史と最近の動向についてレビューした。
塩類風化の重要なメカニズムとしての結晶化の概念は20世紀初頭には提案され、多くの理論の提案も続いたが、それらを正しく適用するには、風化環境ならびに塩や岩石の種類の違いによる化学的特性・物性の違いを考慮し、状況に応じて提案されたモデルを選択して適用することが肝要である。このため、学際的な視点から情報を収集し協力することが、劣化に瀕した石造文化財等への有意義な保全と問題への対応策につながると考える。