前期−中期更新世境界における北西太平洋の海洋環境変動
- Keywords:
- Chiba composite section, Early–Middle Pleistocene Boundary, Marine Isotope Stages 20–18, Kuroshio, Oyashio, East Asian monsoon, principal component analysis, foraminiferal isotopes, Mg/Ca
北太平洋西岸に発生する暖流(黒潮)と寒流(親潮)の境界変動は過去に軌道要素スケールや千年スケールで変動したことが知られている。この黒潮・親潮境界は、低緯度からの熱輸送や大気海洋間の相互作用に密接に関わっており、東アジアの気候システムに大きな影響を与える。
海洋酸素同位体ステージ(MIS) 20−18のうち、MIS 19は、現在の間氷期と軌道要素の条件が最も近い間氷期であり、今後の自然変動の範囲を理解する上で重要な時代である。また、中国のレス古土壌堆積物からは、堆積物の粒度変化(冬季モンスーンの指標)に基づき、MIS20, 18は比較的温暖な氷期であることが示唆されている。房総半島(千葉県市原市)に露出する千葉複合セクションは、黒潮・親潮境界に位置するため、当時の海洋環境を理解する上で理想的な地点である。
本研究では、千葉複合セクションのMIS20−18に対比される堆積物試料に含まれる浮遊性有孔虫(Globigerina bulloides, Globorotalia inflata)から、高時間解像度の酸素(δ18O)・炭素同位体比(δ13C)と、水温の指標であるマグネシウム・カルシウム比(Mg/Ca)データを取得した。また、千葉複合セクションにおける主要な海洋環境変動の時系列パターンを理解するために、今回の化学指標と既存の微化石群集と合わせて、主成分分析を行った。
本研究で用いたG. bulloidesとG. inflataはそれぞれ表層、亜表層に主に生息する種である。主成分分析の第一成分の寄与率は35.6%であった。第一成分は、G. inflata、G. bulloidesのδ18O、石灰質ナンノ化石Coccolithus pelagicus braarudii, 放散虫 Lithomelissa setosaに高い正の負荷量(loading)を示した。これらの微化石種は、黒潮・親潮境界あるいは亜寒帯域の比較的寒冷な環境を示唆する。さらに、黒潮または熱帯の水塊に特徴的な石灰質ナンノ化石F. profundaとUmbilicosphaera spp.が、比較的高い負の負荷量を示した。以上より、第一成分は、黒潮または親潮の表層環境に関係する成分と解釈される。有孔虫二種のδ18O変動には、主に氷期・間氷期スケールの変動が卓越しているが、MIS19bからMI18にかけてδ18OがLR04から推測されるよりも軽く、Mg/Ca水温からも、この時期に表層水温が比較的高かったことが示された。
第一成分(PC1)の時系列変動(スコア)は、中国レス古土壌堆積物の粒度変動と似ており、これは千葉複合セクションにおける主要な海洋環境変動が冬季モンスーンに強く影響を受けていたことを示す。第一成分はMIS19cからMIS18にかけて負のスコア(温暖種の頻度が高い)を維持しており、氷期にかけても黒潮・親潮境界の南下が起こらなかったことを示唆する。これは、冬季モンスーンとアリューシャン低気圧が氷期(MIS18)にかけて強まることがなく、MIS18の冬が比較的温暖であったここと整合的である。
第二成分は、15.4%の寄与率を示し、Mg/Ca水温(G.inflata)と放散虫Dictyocoryne spp.に高い正の負荷量を示した。G. inflataは亜表層の変動を記録しているため、第二成分のスコアは亜表層環境に強く関係するものである。第二成分のスコアは、冬季モンスーンの影響を強く受ける第一成分とは異なり、MIS19b以降、減少傾向を示した。これは、亜表層環境の変動が表層環境とは異なることを示す。亜表層環境は、アリューシャン低気圧の強弱に依存する亜熱帯循環の強度と関係があると考えられ、MIS19bからMIS18にかけては、黒潮・親潮境界は北に位置していたが、亜熱帯循環の強度は弱まっていたことが推測される。
さらに本研究では、北西太平洋の水温変動のパターンを熱帯から亜寒帯まで比較した。その結果、千葉複合セクション以北では、MIS19bからMIS18にかけて比較的温暖なSSTを示した。一方、熱帯のSSTはこれらの時期に減少傾向を示すことから、東アジア冬季モンスーンの影響は中緯度以北に限定されていたと思われる。