石筍が示す最終氷期の冬季東アジアモンスーン変動を日本海表層海水の酸素同位体比低下
- Keywords:
- Stalagmite paleoclimatelogy, East Asian winter monsoon, Last glacial period, Japan Sea, oxygen isotope ratio
一般に東アジアモンスーン地域では,石筍の酸素同位体比は湿潤温暖な間氷期に低く,乾燥寒冷な氷期には高くなる.本研究では,新潟県糸魚川市の洞窟で,最終氷期(32.2–22.3 ka)に形成した石筍FG02が完新世の石筍よりも低い酸素同位体比を示すことを報告し,その原因について議論した.洞窟がある糸魚川市は典型的な日本海側の気候であり,冬季モンスーンが日本海からの水蒸気を輸送して雨や雪を降らせるため,冬に降水量が多い。
FG02の酸素同位体比はダンスガード・オシュガーサイクルに対比される1000年スケールでの振幅0.5~1.0‰の変動を示し,酸素同位体比が高い時期は,冬の降水量が低下した温暖期に対比される.より重要なのは,この石筍の酸素同位体比(平均–8.87‰)が同じ洞窟で採集された中期完新世の石筍FG01の値(平均–7.64‰)よりも明らかに低いことである.最終氷期には冬季の降水が相対的に増加し,その量的効果(強い降水・降雪ほど酸素同位体比が低くなるという効果)が石筍の酸素同位体比を低下させるという解釈は,海水準の低下により日本海への対馬暖流の流入量が低下することと合わない.なぜなら,対馬暖流が遮断されると日本海の表層海水温が低下し,水蒸気の発生が弱まるからである.加えて,洞窟に近い富山市で採集された雨水の酸素同位体比を用いたモデル計算では,量的効果は小さく,最終氷期と完新世の酸素同位体比を説明できないことが示された.最終氷期の低い石筍酸素同位体比の原因として最も有力なのは,日本海表層における海水酸素同位体比の低下である.浅い海峡で外海とつながる日本海は,最終氷期の海水準低下により閉鎖的になり,海水より同位体的に軽い河川水が表層に流入し,それがソースとなった雨や雪が日本海側に降っていた.最終氷期における日本海表層水の酸素同位体の低下幅は約3‰と見積もられ,それは海底堆積物中の有孔虫殻の酸素同位体比から見積もった海水酸素同位体の低下幅(約2.5‰)とほぼ一致する.本研究は最終氷期における日本海表層水での酸素同位体の低下を支持する最初の陸上からの証拠を提示した.