日本語要旨

マントル深部での融解、全地球規模での水の循環と海水量の安定性への影響

地球の海水の量はマントルからの脱ガスとマントルへの水の逆入との動的平衡によって決められている。本論文ではまず鉱物物理学、地球物理学と地球化学という広い研究分野での全地球規模での水の循環に関連した研究結果をまとめ、この動的平衡についてのモデルを提出する。マントル遷移層には他の領域に比べ、地域差は大きいものの多量の(0.1-1%)水がある。マントル遷移層の水の豊富な領域が上部マントルや下部マントルに運ばれると部分融解が起こる。融解によってできたメルトには大量の水が入る。この水に富んだメルトは周りの鉱物との密度差に応じて、上かまたは下に移動する。マントル遷移層ではマントル物質が相転移する。相転移は固体の鉱物ではある狭い深さの範囲で起こるが、同様な構造変化はメルトでは幅広い圧力でもっと緩やかに起こる。そのため、マントル遷移層の直上ではメルトはほとんどの場合、共存する鉱物より密度が大きいが、直下では密度が小さい。この結果として、水は融解による輸送によりマントル遷移層に集まる。しかし、マントル遷移層の水の量は際限なく増加するわけではない。マントル遷移層の直上(410 km)でできるメルトの密度は水の量によって変化する。メルト中の水の量は融解の起きる温度に依存する。マントル遷移層の低温領域では多量の水が無い限り融解は起こらず、融解でできるメルトには多量の水が入り、軽いメルトができる。そこで、もしマントル遷移層の多量の水のある領域が、マントル遷移層の低温領域に移動してくれば軽いメルトができ、水が遷移層から取り除かれる。その結果、マントル遷移層の低温領域はマントル遷移層の水の量の上限を決める水バルブとして機能し、マントル遷移層の水の量を自動制御する。地球全体の水の大部分は海水とマントル遷移層に存在するのでマントル遷移層の水の量が自動制御されておれば、海水量も自動制御され安定になっているはずである。海水量を反映する海水準変化の歴史を見ると時間とともに大きく変動しているが、発散することなく一定の値に落ち着いていることがみえる。我々のモデルはこの観測結果をうまく説明する。地球上に長い間、海水が安定に存在するのはマント遷移層での水バルブの効果によるものかもしれない。