オーストラリア沿岸地域における逆推定モデルに基づいたエアロゾル鉄溶解率の評価:南半球における生物に利用可能な鉄濃度にとって森林火災の意味
- Keywords:
- Mineral dust, Bushfire, Coal mine, Climate change, Bioaccessible iron, Labile iron
大気エアロゾルは,海洋表層へと供給される重要な栄養塩(鉄)濃度を変化させることで,植物プランクトン(一次生産者)を起点とした食物連鎖を通して海洋生態系および気候へ影響を与える.この影響評価のために,大気エアロゾル輸送モデルを用いて研究が行われてきている.しかし,この数値モデルでは,南半球における鉄濃度および鉄溶解率の観測結果を再現できなかった.そのため,鉄を含むエアロゾル発生源として鉱物起源に加えて,燃焼起源の重要性が注目されてきている.近年,異常気象により引き起こされた大規模森林火災に関心が集まっている.本研究では,オーストラリア沿岸地域における大気エアロゾル観測結果に基づいて,エアロゾル鉄溶解率の評価を行った.その際,全球エアロゾル化学輸送モデルへ逆推定モデルを適用することで,大気中の鉄濃度を観測データとよく一致するように鉱物起源鉄発生量を推定した.
大気中の鉄濃度の観測データから鉱物起源鉄発生量を推定した数値モデル(逆推定モデル)の結果は,想定通りに,オーストラリア付近で観測された鉄濃度の空間分布を良く再現した.その結果,溶存鉄濃度の再現性が向上したのだが,それに付随して逆推定モデルでは高い鉄溶解率を再現できたことが明らかになった.このことは,従来の予測値よりも逆推定モデルでは鉄溶解率の高い燃焼起源鉄の溶存鉄濃度への寄与率が高いことを意味する.図に逆推定モデルによる発生源ごとの寄与率推定結果を示した.オーストラリア付近での観測期間・地域において,逆推定モデル結果は鉱物起源と比較して(図b),植生燃焼が主要な溶存鉄発生源となることを示唆した(図c).一方,南大洋においてモデルは溶存鉄濃度を過小評価した.そのことからモデルで考慮されていない発生源や発生過程による寄与率が推定された(図a).
海棲植物プランクトンは温室効果気体である二酸化炭素を吸収する.しかし,南大洋は鉄不足により植物プランクトンの成長が阻害されている海域である.それゆえ,エアロゾルにより供給される鉄が海洋生態系へ影響を強く与える.さらに,地球温暖化により,森林火災が増加すると将来予測される.そのため,温暖化の地球システムへの影響を考慮する際,このような大気汚染物質が生態系および気候へ与える影響に関する理解を深める必要がある.