日本語要旨

都市近郊における海岸砂丘の生態系サービス:社会情勢の変化で減少した酒蔵環境の影響

日本の中心都市である東京の東隣に位置する千葉県は、三方を海に囲まれ、海岸砂丘が帯状に形成している。そして、海岸砂丘およびその付近には、酒蔵が所々に存在している。大正時代(1925年)には、千葉県の東京湾側の沿岸部において多くの酒蔵が記録され、都市近郊においても酒造りが行われていた。しかし、現在、これらの酒蔵は1件を残し、全て消滅した。

私たちは、これらの地域の酒蔵は大正時代に海岸生態系による生態系サービス(人が自然から受ける恵み)の恩恵を受けていたと推察したことから、上記の酒蔵環境(景観、土壌、地下水)および社会情勢変化について調査・解析し、海岸砂丘の酒蔵環境のもつ生態系サービスについて明らかにした。

調査対象地において消滅した酒蔵環境は、海岸砂丘(砂、砂州、自然堤防)に存在し、地下水が表層下3-10mに位置していたことから、私たちは、多くの酒蔵が海岸砂丘の淡水層を仕込み水に利用する等、海岸砂丘の自然素材を活用しながら、自然の恩恵を受けた酒造りを行っていたと推察する。

さらに、今回の調査対象地の酒蔵の廃業理由について以下のことがわかった。1) 1923年の関東大震災で施設が破壊され、財政的に酒造業の再建が困難となり廃業した。2) 第二次世界大戦中(1939-1945年)の企業整備により、強制的に廃業させられた(千葉県の酒蔵は、35%が企業整備により廃業した)。3) 1960-1975年の高度経済成長期における沿岸域の工業開発で、酒造りに使用する地下水の採取が困難となり、廃業した。4) 1960年代~現在にかけて、人々の嗜好品が日本酒以外のアルコール飲料(ビール、ワイン、ウィスキー、リキュール等)へと変化したことにより、日本酒の消費量および県内の生産量が減少し、酒造業を続けられない酒蔵が増えた。