日本語要旨

アジア・モンスーンの進化と変動、ヒマラヤ・チベット高原隆起とのリンケージの可能性

ヒマラヤ山脈-チベット高原の隆起とアジア・モンスーンの成立・強化の間の関係は、固体地球のテクトニクスと気候変動のリンケージの典型例と見なされているが、それを検証するに必要なデータが不十分であったために長らく未解明な問題であった。しかしながら、この問題に関する私たちの理解はここ10年で著しく進み、状況は急速に変わりつつある。そこで本論文では、始新世以降のヒマラヤ・チベットの隆起過程、その影響を評価しようとした気候モデルシミュレーション結果、そして古気候記録に基づくインド及び東アジア・モンスーンの時空変動復元に関する最近の研究成果を取りまとめた。先ず、ヒマラヤ・チベットの隆起は、(1) 40~35 Maにおける南部~中部チベットの隆起、(2) 25~20Maにおける北部チベットの隆起、(3) 15~10 Maにおける北東部~東部チベットの隆起、の3段階で起こったことが示された。一方、気候モデルからは、(i) 南部~中部チベットの隆起がインド夏季モンスーンとソマリジェットの強化を、(ii) 北部チベットの隆起が東アジア夏季及び冬季モンスーンの強化とアジア内陸部の砂漠化を、そして (iii) 北東部~東部チベットの隆起が東アジア夏季及び冬季モンスーンの更なる強化を引き起こしたことが予想されている。そこで、ヒマラヤ・チベットの隆起史と各隆起段階に対応した気候モデルシミュレーション結果の妥当性を、モデルによる予想と古気候データを比較することで検証した。40~35 Maにおける南部~中部チベットの隆起に伴うインド夏季モンスーンおよびソマリジェットの強化については、これを検証するに十分な古気候データが未だ存在しない。しかしながら、隆起に伴う侵食と化学風化の強化が、大気中の二酸化炭素濃度を低下させ、地球の寒冷化を引き起こした可能性がある。一方、25~20 Maにおける北部チベットの隆起に伴う東アジア夏季及び冬季モンスーン強化とアジア内陸部砂漠化については、古気候データはそれらを強く支持した。最後に、15~10 Maにおける北東部~東部チベットの隆起のアジア・モンスーンへの影響については、この時期が南極氷床の拡大と全球的な寒冷化の時期に重なり、寒冷化もモンスーンに影響を与える可能性が高いため、ヒマラヤ・チベットの隆起がモンスーンに与える影響を分離、評価することが難しい。