日本語要旨

統計力学に基づく地滑り発生予測への構造化地質図の適応

本研究では、統計力学に基づく手法を用いて、構造化地質図*を活用した地すべり発生予測の結果を報告する。統計力学的アプローチでは、地すべり発生確率は地質・地形変数に関連するエネルギーから導かれる。地すべりは、ポテンシャルエネルギーが不可逆的に運動エネルギーへ変換される現象であり、その破壊に必要な活性化エネルギーは岩石や地層の強度に依存し、地質条件によって影響を受ける。しかし、この活性化エネルギーを地質・地形変数の関数として明示的に表すことは困難である。そこで本研究では、これらの変数を含むデータセットをニューラルネットワークに学習させ、地滑り発生確率を推定する確率モデルを構築した。
構造化地質図からは、岩石や地層の形成年代・構成岩石種・形成環境の3つの地質変数を抽出した。一方、従来の非構造化地質図には通常、単一の地質変数しか含まれない。両者を用いた地すべり予測性能を比較したところ、ROC解析およびPR解析により、構造化地質図の方が優れていることが示された。これは、3つの地質変数を組み込むことで、非構造化図よりも地質多様性を効果的に捉えられることを意味する。
さらに、ニューラルネットワークの学習範囲を2種類設定し、(1)佐世保–伊万里地域(北西九州)、(2)九州北部全域(佐世保–伊万里地域を共通の検証領域とする)で性能評価をおこなった。ニューラルネットワークモデリングでは、説明変数と目的変数に基づく確率分布が空間的に不変であると仮定するが、広域データで学習したモデルは性能が明らかに低下した。これは、重要な局所的説明変数が広域データでは欠落または不十分に表現されている可能性を示唆する。具体的には、局所的な地質構造発達史、マグマ貫入による高温低圧型変成作用、火山体浅部での熱水変質などが、欠落した重要因子の候補して挙げられる。
*構造化地質図とは、岩石や地層の属性(形成年代・構成岩石種・形成環境など)が個別に整理され、明確に区分された地質図である。非構造化地質図では、これらの属性が統合され、分離することが困難になっている。