日本語要旨

アミノ酸窒素同位体比分析と栄養段階推定から明らかになった化学合成生態系に生息する生物の多様な栄養生態

 相模湾の初島沖約850メートルの深海底には、フィリピン海プレートの沈み込みに伴う湧水が生じ、化学合成二枚貝類を主体とした化学合成生態系が形成されている。ここには、化学合成二枚貝類など微生物との共生関係を有する生物だけではなく、腹足類や甲殻類、魚類なども生息し、深海に特異な生態系を構築する。また、沿岸にも近く比較的浅い水深にあるため、化学合成生態系に集まる生物であっても、光合成に由来する有機物も獲得しうる環境にある。本論文では、統一的な栄養生態の情報が得られていなかった相模湾の化学合成生態系を構成する生物について、アミノ酸窒素同位体分析と栄養段階(TP)の推定から、多様な栄養生態を明らかにした。
 初島沖の化学合成生態系を構成する深海生物には、窒素源として化学合成に由来する有機物を利用する生物、光合成に由来する有機物を利用する生物、両者を利用する日和見的な生物が存在し、それらは多様な栄養源を利用していることが明らかになった。また、化学合成二枚貝類では、シンカイヒバリガイなどのイガイ科二枚貝の筋肉は共生菌と同一の栄養段階(TP≒1)を示す一方、シロウリガイなどのオトヒメハマグリ科二枚貝は共生菌に対して筋肉の栄養段階(TP≒2)が上昇しており、同じ化学合成二枚貝類であっても種によって異なる窒素の利用形態を示していた。一般的には、化学合成二枚貝類の消化管は退化的であり、基本的には濾過食による栄養摂取は限定的で、主に共生菌から有機物を獲得するとされている。我々が明らかにしたアミノ酸窒素同位体比分析の結果は、共生菌に由来する同位体比の低い窒素源を栄養として利用し、その利用形態が化学合成二枚貝類の種によって異なることを明確に示した。
 今回の成果は、保存状態の良い化石にも応用が可能である。二枚貝の殻は、炭酸カルシウムの結晶内や結晶間に有機物を含むため、この有機物に含まれるアミノ酸の窒素同位体比を用いることができる。つまり、この手法を使えば、過去の生物の栄養生態を復元できるだけでなく、化石として出現する化学合成共生菌に依存していた生物の宿主ー共生系の関係やその成り立ちの解明にも寄与することが期待できる。