日本語要旨

2020年の西之島噴火と小笠原諸島周辺海域における衛星クロロフィルa濃度の関係

小笠原諸島の西之島および聟島が位置する亜熱帯ジャイアは、低栄養低クロロフィル(LNLC)海域として知られ、必須栄養素の欠乏により植物プランクトンの増殖が制限されている。ここでは、外部からの栄養供給が一次生産を一時的に高めることが知られており、その一つが火山噴火による火山灰供給である。火山灰は鉄などの微量栄養素を含み、海洋への沈降を通じてLNLC海域の一次生産を活性化させ得るが、その空間的影響範囲や時間スケールは十分に理解されていない。本研究では、2020年6-7月に活発化した西之島の噴火を対象に、噴火が周辺海域の植物プランクトン量(クロロフィルa濃度; Chl-a)に及ぼす影響を評価した。そのため、衛星観測データに基づくChl-aの解析と、海流モデルを用いた数値シミュレーションにより、火山灰の拡散と遠隔海域への影響を評価した。
Aqua衛星搭載の中分解能撮像分光放射計(MODIS)およびひまわり8号の日中観測データの解析によれば、聟島周辺のChl-aは、噴火が活性化したのと同時期にピークを示し、Loessを用いた季節変動・トレンド分解(STL)分析の残差が、非噴火期の1.44%に対して、噴火期間中に4.43%へ増加したことが明らかとなった。さらに、海流モデルGlobal Ocean Forecast System (GOFS) 3.1を用いた聟島周辺の海水に対する後方粒子追跡シミュレーションの結果、7月4日に観測されたChl-aの上昇は、6月28日に放出された火山灰によるものである可能性が示唆された。これらの結果は、西之島から北東方向へ拡散した火山灰が海流により輸送され、西之島から約130 km離れた聟島周辺海域に到達し、その間の約6日間で植物プランクトンの増殖を促進し、Chl-aを上昇させたことを示す。本研究の成果は、LNLC海域においても、火山噴火由来の栄養供給が遠隔海域の一次生産力に影響を及ぼし得ることを示している。